ぼろみけブログ

不安障害と自律神経失調症とHSPと・・・自分の人生を生きたい

芯がない今の私

自分に芯が無いというのは苦しいものだ。これは自分で体験して思ったことなのだが、自分の中が空虚であると、あらゆる判断を、感情を、相手や環境に委ねてしまう(多くの場合自覚なし)。

誰かが「これきらーい!」といえば(嫌いだなぁ)、「ウケる」といえば(面白いなぁ)となる私の頭の中は、もともとそれに対して好きも嫌いも無かったくせに、相手の言葉で大抵のことは左右される。

これがまた非常に疲れる。なぜならその判断や感情は自分の本音から来ているものではないからだ。いつもどこかに違和感があるのだ。それを自覚できればまだいい方で、無自覚に委ね続けているとある日突然体や心に異変が現れるのだ。この状況を文字で表すと「無理をした結果」という感じなのだが、「どこで無理してたんだ?」と思ってしまう始末。

一年前くらいに、これは私のために作られたものだろうか、と思えるくらい自分にぴったりの本をある人に薦められた。
「敏感すぎて困っている自分の対処法」高田明和監修 苑田純子著

敏感すぎて困っている自分の対処法

この本を読んでから、自分に芯がないことに初めて気づき、その芯の大事さに気づいた。目からウロコとはまさにこのことである。なお当書では芯とは書かず「自分軸」と書いてある。自分軸もいいな、
あとからブログタイトル変えるかもしれない←こういう所…

自分軸の作り方について本にはこう書いてあった。
"まずは自分軸と他人軸の違いを知り、他人軸で生きることがストレスや病気のもとだと理解する必要があります。"
"何かを選んだり、どちらかに決めたりする際、どこか違和感を覚えた時は、他人軸で決めていないかどうかをもう一度よく考えてみること"
"何かをしたいという自発的な気持ちが起きた時は、あれこれ理由をつけて却下せず、どうしたらできるかを考えて、それに近いものを実行してみることです。こうした習慣が徐々に自分軸を作り上げていきます。"

読んでから「芯がほしい!芯!」と色々と模索してきたし、考え方も本を参考にして少しは変わったように思う。本に書いてあることは理解できるし難しくはない。しかし、まだまだブレブレである。それはそうだ、20数年ぼんやり自我がないような状態で生きてきて、一年ちょっとで芯ができるなんてことはない。

何が嫌いかは何となく分かるけど、何が好き?何をしたい?どうしたら自分が一番心地よくいられる?それを未だに見つけらないのだ。だからほら、立派な社会人とは到底言えない今の生活。

本音で生きていけるほどこの世は甘くないだろうけど、心の中で自分の考えがちゃんとしていれば行動として現れてくるだろうし、その行動一つ一つが人生をよりよくしていくのだと思う。何より相手や環境に影響され過ぎないから疲れにくくなる。だから芯を持ちたい。そのために、考えを文章にして自分を客観視する。まとめる。頭の中でモヤモヤさせ続けるのではなく表に出してみる。

最初のうちは文章が大変読みづらいかもしれない。それは自分にとっても。
というのは、自分の書く文章はその時々のテンション、気分であったり一番最近読んだ本の文体を知らず知らず真似していたりしていて癖があり、安定していないことが多い。すごく固い文章になったり砕けた文章になったり。そういうのを安定させていくのもこのブログの役割としていきたいし、文章が安定すると情緒も安定しそうだ。

小学生のころから文章を書くのは好きだった。毎日提出する日記も書いててすごく楽しかったし、担任の先生に「毎日面白いから読むのが楽しみ」なんて言ってもらえた。同時進行で5冊ほど交換日記をやっていて、友達に自分のページを楽しく読んでもらえるようにこれまた楽しく書いていた。好評だった。

いつからか自分の携帯を持つようになってブログやTwitterをやるようになった。私の文章が好きだとかワードセンスに憧れるだとか嬉しい言葉も貰えるのだが、今書いている文章というのはなんだかどこかウケを狙っていたり誰かの真似事だったりしていてこれまた芯がない。何より楽しく書いていない。

ぼ〜っと生きてきた結果がこれだ。
これからは自分の言葉で自分の本音を綴れるようになりたい。