読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ぼろみけブログ

不安障害と自律神経失調症とHSPと・・・自分の人生を生きたい

情報断食の提案

とりあえずはこのブログ、思ったこと書いてみるという作業をする場所になるだろう。そういう練習をする期間が必要なのだと思う。その先に、向き合うとか対策を練るとかいう行為がある気がする。考えていることが分からないと向き合い方も分からないから。

とりあえず今思っていること。

 

ネットやテレビなどのあらゆる情報媒体から情報を得て、ふむふむと納得し「つまるところこういうことなんじゃね?」と真意を突き止められたような気にさえなっても、そこから目を離した瞬間から私はまた次の情報を求めている。1度は納得し、真意を突き止めたはずの情報は私の中に吸収すらされず、まさに無駄となる。もちろん印象に残るものもある、私の行動を変えるものもある、ただそれは得た情報量に対してほんっっの一部だ。

 

何のために情報を求めているのだろう。

私が日常的に情報を得ている場所は

1、Twitter

2、2ちゃんまとめ

3、LINE

4、ネットの検索結果先

5、YouTube

他はテレビとか家族友人知人、でもそこからはあまり情報という情報は得ていない気がする。

何のために、と考えて出る答えは

1、暇つぶし

2、楽しいから

3、何かもっと自分のためになるようなドンピシャな情報があるんじゃないかという期待があるから

4、人生が豊かになりそう

くらいだろうか。

人生って。。ねぇ。。と自ら突っ込んでしまいそうだが本音だ。

3番目、これが主な目的かも。

 

この記事を書こうとした理由は実はここからで、ここから本題って感じなんだけど

 

情報を得すぎることによるデメリットみたいなものを感じることがあって。まあこれも、さっき得た情報から派生した考えなのだけど…

1、情報を得すぎると不安になる

まだ起きてもないことをさもこれから起きてしまうかのように感じる。

たとえば気になる身体の症状があってそれをネットで検索するじゃない?すると色んな病名が出てくるよね、○○病かも、こうなったら手術だよ、とか書いてあったりして。それで恐怖におののきますます具合が悪くなるっていう悪循環の始まり、もっと私を安心させる情報はないのかと検索→ない→不安→検索→ない→不安…

2、情報=他人の考えが発信されたもの→自分の考えが他人の考えと同化する

情報を垂れ流してる人は、これを読む人の役に立てばいいなとか、これ見て読んで楽しくなってねとか、あわよくばこの商品買ってねとか、まあ色んな考えを持ってるはず。ネットで稼ぐ人沢山居るし。考えがなくてもその人の自己満足として情報を発信している。

それを読んだ自分軸のない私は、他人が発信した情報(他人の考え)をスポンジのように全て吸収していく。「いやいやこんなん嘘やろ」という疑った目で見ることが難しい。嘘やろ、と思ってはいても「いやでも…本当?」となってしまうのが自分軸のない人間だ。(実に騙されやすそうである。)スポンジのように吸収したら、もうそれは他人の考えを自分の考えとしてしまっていることになる。

某巨大掲示板(笑)なんかまさにそれで、あそこはゼロか100かで考えてる人も多いところでなんでも物事を誇張して書いてある。すると言葉の持つ力が大きくなる。(面白半分冗談半分に読んでる人には強くないだろう)。私はズラッと並んでいるスレタイだけで物事の善し悪しの判断をしてしまうような所がある。

あ、あと…たとえば

「フリーターのやつwwwwwwwwwwwww」

っていうスレタイがあったとする。私は現在フリーターなのだが、語尾のwwwの羅列でもうバカにされている事が分かっているのに傷つくことが書いてあるかもしれないと想像できるのに、読んでしまう。タップする。なぜか。「フリーターだけどこういう充実した人生を送ってる」とか「こういう理由で今はフリーターしてるんであってどうのこうの」とかいうフリーターで居ることを肯定してくれるような書き込み(実際は綺麗な言い訳というのが多いのだけど)や自分と同じような境遇にある人を見て安心したい、という気持ちがあるからに過ぎない。いや、書いててバカだな〜ネット向いてないな~あそこにどんな期待してんだよって自分でも思うけど、自分は今までそういう人であったし、そうせざるを得ないくらい何かに頼りたい気持ちがあるのだろう。

当然ながら情報によって大いに感情が揺さぶられることがある。泣きそうになる、ガチで心を痛める、楽しめることもある、だけど不必要なところで自分の気力を使ってしまうというのは、どうなんだろう?

 

自分軸を作るには、自分の考えに気づけないといけないでしょう?

軸を作る材料を得るのはいいとして、情報に踊らされて結局何も考えることが出来ていない思考停止状態は、自分軸を作ろうとしていないのと同じだ。

その状況を打破するためにはやっぱり、、

「情報断食」。

こういう言葉があるって知ったの昨日とかなんだけど。

もしかして私はこれから色々と断食する必要が出てくるのかもしれない。書いてるうちに要らないものは情報だけじゃない気がしてきた。

 

これまたTwitterで得たものなんですが

"92歳の小説家、佐藤愛子の「いまの世の中を一言で言えば『いちいちうるせえな』、これに尽きますよ」という言葉は、本当に現代日本に生きる人間全ての心に納めておいて欲しい言葉"

というのがリツイートで回ってきた。3万くらい、いいねとリツイートされてたかな。

「いちいちうるせえな」についていろいろな解釈があると思うけど、「うるせえ」のは何かっていうと、やっぱネットとか情報媒体に乗ってくる言葉だと思う。

聞こえない声っていうの、あるよね。世間一般はこういう自分に対してなんて言うかってのはある程度想像出来てしまうほどになってる。そういう聞こえない声を気にしていたら自分がなくなってしまう。そんなことに気付かされた言葉だった。

さて情報断食の開始だが、その過程、結果についてはまた後日記事にする。

 

これを書いている間、昨日からの胃痛が落ち着いている。

今日は少し緊張するなあと思う用事があって、それがますます胃痛を強めていたのだが上手いこと気を紛らわすことが出来たようだ…と書きながらまた痛くなってきた…本当に、気持ち次第なんだな…

 

広告を非表示にする