ぼろみけブログ

不安障害と自律神経失調症とHSPと・・・自分の人生を生きたい

情報断食とりあえずの報告

ブログ書いた翌日の8日と9日、極力スマホ触らず情報断食してみました。

それでもやっぱ家族と連絡とったり電話しなければならない時があったんで全く触らないってのは無理でした。連絡手段に使うのみ。

 

緊急時以外スマホは触らないという方法で情報断食してて感じた不便な点は、

バスの運行状況が分からないってこと、それで目の前のバスに乗り遅れた

通知に気づくのが遅くて連絡のすれ違いが生じて、親と同じ買い物しちゃったこと

まあ、このくらい?

あとはTwitterで呟きたい文章が浮んでくる。でもこういう言葉って大抵しょーもないことなんで(自分にとって)、別に時間経てば忘れちゃいますね。浮かんできた言葉が無くなっちゃうのって少し勿体ない気もしますけど

あとね、ヒマ。笑

 

良かった点は

感情のブレがなくなった、これに限る。

心地よい気分でいられる時間が長かった、本当に。自分の上機嫌具合には驚いた。

 

 

10日、反動がやってきた。朝からLINE。それからSNS三昧。これまで喋るのを我慢してたんだと言わんばかりに発言したくなる、誰かに私の存在を認めて欲しくなる、

 

「私はここにいるよ!」「こんなことして、こんなこと思っててさ!」

まるで小さな子どもみたいに。

 

ああ、折角の、折角の情報断食が、と思いながらも触らずには居られなくなってしまった

でもそこで、情報断食する前とした後の変化に何となく気づいてきました

感情がブレない、と書きましたが、そう、今まで人が思ってることを書いてるのを見て「あー、そう思ったんだね」っていちいち自分の中に落とし込んでしまっていたみたい。

このブログの初めの方にも書いたけど、人が「面白い」と言えば面白い、「つまらない」と言えばつまらないと感じてしまうほど他人の感情に依存してしまう私は、自分の意見を持っているつもりでもTwitterで大量に流れてくる誰かさんの独り言にまだまだ左右されていたというわけ。だからぶり返しが来た時でも、「うわっ、キツイ」と思ってTwitterのタイムラインを追うのはやめました(趣味垢の方では疲れは感じなかったけれど)。

これこれこういう事があって、今私は辛い。という呟きにいちいち共感する自分は、優しいといえば優しいし、だからといってそういう人にかける優しい言葉さえ見つけることが出来ない励まし下手で、スマホ画面の前でただただ心を痛めている馬鹿だった、これってある意味自傷行為なのではないか?、、、

 

感情が揺れるのは心地よいことなのかもしれない、それこそ生きてる実感なのかもしれない、感情は縛られると心が身動き取れずに腐って死んでくから

だけど揺らしすぎるのもどうかと思うんです、だって単純に疲れるんだもの

なぜ人の感情の揺れに自分も同調しなくちゃいけないの?

何事も適度に揺れておきたい心ですね。

っと話が段々飛躍して抽象的になってきた

 

感情がブレない、すなわち思考がクリアになってくる。人の言葉が入ってこないから、自分の考えていることが今のすべてになるんです。

不安になりがちな人に「今を生きろ」というアドバイスをされることは多いと思いますが、きっとこういうことなんだろうなあ。外からの情報は全部シャットアウト、自分が今何をして今何を思っているか、それだけを分かっていれば、不安になることも少なくなるだろう。

 

何度も繰り返す「感情がブレない」感覚は、わかる人にはわかるだろう。かなり快適でストレスフリーだったので、週1くらいで情報断食してもいいかなあという気がしてきました。

 

情報疲れって確かにある。昨日今日とぶり返しのせいでスマホから離れられなかったけれど、なんだか疲れた、もうしばらくネットはいいや、という気分。

というか、情報との付き合い方というか距離感がだいぶわかってきた気がする。まだまだこれからだな。

 

とりあえずの報告でした。眠いから文章おかしいかも。