ぼろみけブログ

不安障害と自律神経失調症とHSPと・・・自分の人生を生きたい

掃除中は考え事が捗る

f:id:kariari:20161118180308j:plain

 

ちょっとねー最近モヤモヤしてること(読み飛ばしてOKなくらい小さいこと)

はてなブログを利用する時は、アプリ使ってスマホから投稿してるので基本アプリしか使わないんですけど。使いにくい。誰かがスター付けてくれたとして、その人のブログあるかなと思ってアイコン押しても…何この画面?。パソコンで触った時にしかいろんな人のブログ発見できないし読者を増やそうとかいう気が起きん。読者になってくれた人がどういう人なのかとか、その人のお気に入りのユーザーとか、何なんだ、分からない。ん?オトモダチ?ん?

スマホアプリから触ってる限りはてなブログを理解するのには限界がある。これはブログ書く専用のアプリとして割り切らないといけないんだなと思って〜モヤモヤ。

はてなブログを選んだ理由とかは実は全くなくて、何となくだった。みんな、はてなブログにした理由とかあるのかな。

 

 こっからちゃんと書くね。

今日の朝、トイレ掃除しながらふと考えてたこと。

「今回の朝ドラ、あんま楽しくないよなあ…」

楽しくない…主人公がいつも言葉足らずでイライラする…そういえばとと姉ちゃんもそんな面白くなかったなあ泣かなかったし…とかいろいろ

そこで思い出した、昨日のTwitterで、ある人が「逃げ恥、最終回がいちばん面白くなかったな」と書いてたこと

私はそれに対して「えっ」って思った。普通に楽しかったし終わっちゃった〜って喪失感すら感じてた、なのに「面白くなかった」んだってさ。

 

「えっ」ってなったのは何でだろう?そこで「ふうん、フツーに面白かったけどな」と思えずに、少しの動揺と傷ついた感覚を覚えたのは何故だ?「えっ」のあとには「?」も「!」も付かない、ただただドキッとしただけだった。

 

便器を磨きながら考えた。

 

私は自分の好きなものに対して自信がない、足りないんじゃないか?わたしはまだ、自分がイイと感じたものに対して、自分がどう思うかではなく、他人の評価を伺っているところがある。

 

良い、好きだ、と思った感情はそのまま独り占めにしていいものなのに。

 

私が幼い頃の記憶。母がテレビを見ながら「この人はほんと歌上手い」と言った。まだ他人の歌がヘタとか上手いとか分からない年だったので(子どもの頃なんて歌のお兄さんお姉さんの歌唱力とか気にしないよね、そもそもそういう概念が無い気がする)、それからは母に「この人は歌上手い?」としょっちゅう聞くようになった。母は素直に、上手いよとかあんまり上手とは思わないなぁとか教えてくれた。(でもあのとき、あなたはどう思う?上手いと思う?、そう言ってくれてたらまた違ったのかも。)好きとか嫌いとか、自分の情緒によって面白いとかつまらないとかが決まるものを、母という他人の基準に沿って判断してしまう習慣がココでついたのだ。母だけじゃない、色んな人にどう思うか聞いて自分の意見なんてさっぱりなかった。

これは、そうだなあ、いつまで続いたのかな。この習慣がついてしまうともうダメだった、例えば、クラスで「あの人カッコイイ」って話題になったりするじゃない?対象になるのは芸能人でもクラスメイトでも。私、そういう話になったとき心の中でいつも「わっかんねえな」って思ってた。イケメンの基準すら自分の中に持ち合わせていなかったから、、「○○(私の名前)はこの中で誰がカッコイイと思う?誰が好き?」なんて言われた日にゃ、やばい分からん、どの人を指せばみんなに共感してもらえるだろう、たしかコイツが人気だったかと、せわしなく考えながら「うーん、この人?(人気があると思われる人)」と言っていたものだ…だからそう、片思いの人ができてもなかなか友達に言えなかった、「えー?!あんなのがいいの?!」と言われるのがとにかく嫌だった(実際に言われてしまったことがある)。みんなの好みと外れないようにいつも人気のある正統派イケメンを指すものだから、メンクイだよねと言われたものだ。私はそんなイケメン好きじゃなかったんだけど、あの頃はほんとに分かんなかった、恋も顔じゃなくて「いかに私に構ってくれるか」が基準だったし。

 

自分がイイと思ったものを他人に認めてもらえる自信がない、認めてもらえなくてもそれでも好きと言える自信がない、好き嫌いの確信を自分でしたことがあまりに少なかったので、自信がない。

自信がない、とにかく。

と、そういう感じで生きてきたので今でも自分の好きなものを嫌いという人に対して過剰に反応してしまったりするのだ。認めてもらう必要なんてどこにもないのだけど。

 

今は自分の好きなものが分かる、確固たる自信を持って好きだと言える。でもそれを否定された時、今回のようにすこし揺らぐ。すこし傷ついて、傷ついたことに傷つく。いいやそれでも好きなんだ私は、と否定はできる。…今はそれでいいと思っている。好きなものを好きだと言えるようになったのはいつだったか?これはまた今度ゆっくり思い出してみよう。

 

その通りだ、と思った言葉がある。

「好きって時点で半分狂ってる」

私たちは好きなものにかなり盲目的で、それって部外者から見るとクレイジーな状況だったりするんだけど そういう盲目的になれるのがあると人生ってほんと楽しくなるよね。それ見てる間は汚いもの見ずに済むんだもん。どんどんクレイジーになろうぜ。あんなのが好きなんて頭おかしいんじゃないなんて言われたってそりゃ好きなんだから最初っから狂ってるんだよって言えばいい。

へんなノリになってきた。笑

 

 

ではまた。