ぼろみけブログ

不安障害と自律神経失調症とHSPと・・・自分の人生を生きたい

分かっていないようで分かっている

冷静になって昨日の記事を読み返すと、色々とチグハグな点が見つかって、うーむと考えておりました。

 

1番、うわぁ…?ってなったのは

最初に「自分の芯=自分らしさ、をつくる」と自分で紙に書いているのにも関わらず後になって「実は作るものなのか!?」と思いついていること。

つくる、と書いておいてその閃きは何なのか。。

なんか、分かってるけど最後の方まで分かりきれていない。気づききれていない。という印象を持つ記事だ。あと1歩なんだけどな自分!みたいな。

 

とは言え、読み返せば読み返すほど、

そうそうそう!!!

ほうほうほう!!!

そうだよ!うん!そう!なるほど!

って思えました

 

 自分らしさがある人たちを思い浮かべてみて、みんなに共通するのはずばり

自分が何がしたいかをはっきり分かっていて、それを実行に移している人

でした。

この人、しっかりしてる。自分の人生を生きていらっしゃる、芯がある、すごい。と私が尊敬してきた人たちはみんなこうだった。

 

それで、でも私はこのことに気づく前に既に

どういう自分になりたいかという視点でもって自分のしたいことを考える作業に入っていた。

順番はどうであれ、昨日書いたあの紙はゴミにはならなそうで、むしろ今後の指針みたいなものになりそう。

 

自分らしさが分からない時は、どんな自分でありたいかを具体的に考えて日々その理想の自分に近づくために実行に移すこと。日々の積み重ね。それを続けていれば自分らしさが生まれる。

という、仮説。でもあながち間違ってないと思う。それは今年から自分の身と心で実証していく…

 

短い人生振り返ればいつも何がしたいか分かっていなかった。いや実は分かっていたのかも知れないけど、実感までには至っていなかった。〜したい、の前に、こうあるべきだ!!という自分の中の決めつけや思い込み、人からの押し付けみたいなのに負けて、完全に自分を見失っていたんじゃないだろうか

 

周りの声を聞きすぎるのも、察しすぎるのも、良くないねえ

聞かないふり、できたらいいのに。

 

ちょっと話題がズレますが最近の事を

今年に入ってすぐくらいに父方の祖父が交通事故にあって腰を骨折してしまったとのこと…

命に別状はないものの、後遺症については今は何とも分からずただただ骨が無事にくっつくのを祈るばかりの状態。

麻痺が残ったり、年齢が年齢なので最悪寝たきりというケースもあるわけで、これ考えただけで ばーーっと目の前が暗くなった気がしました。さっき祖父からスマホに電話があって、その声はいつも通りのおじいちゃんで元気そうだったけど、

ああもう、と挫けそうになる私の心があります

こういうのにすぐ悲観的になって絶望しちゃうのは悪い癖だなあ。今日は両親が祖父のお見舞いに行っていてまだ帰ってきておらず、私はバイトから帰ってきて家でひとりシーンとしてソファーに座っております。お父さん、大丈夫かなぁ。おばあちゃんも大丈夫かなぁ、なんて思い巡らせて。

これから生きていけばこんなこと、もしくはこれ以上のショックがどんどん降り掛かってくる

それに耐えよう乗り越えようと思う時、ひとりでは無理ないんじゃないかって不安になります。(生涯おひとりさま覚悟なわたし)

心の支えを作れる時に作っておきたい、と思う。どんどん、毎年孤独になってく私。支えてくれるのは私自身と、あとは…?

 

へい、暗くなりました。そして長くなりました。今日もお付き合いいただきありがとうございました。真面目か。

 

P.S. なぜか昨日からスターを付けられない状態が続いていてモヤモヤ中です。スター押せない!って連打した結果がもし今反映されたら、ストーカーの如く皆さんのブログやコメントにスターがくっついているでしょう…ほんと申し訳ないです…