ぼろみけブログ

不安障害と自律神経失調症とHSPと・・・自分の人生を生きたい

気持ちの整理

そろそろレポートに手をつけねば。と思い、手をつけたが、まっっっったく進まず、文章が書けず、構成も組めず、あれ???こんなに頭悪かったっけ??????という気持ち。

 

大学時代のレポートを読み返しても、「こんなカンタンな文章書いてたのか!!!」となって参考にならない。そこは所詮Fランの設問だったし、Fランの生徒だったのだ。私の学力は高校をピークに落下の一途を辿っている。元から頭が良いわけではなく努力してカバーするタイプだったのだ。文章が思考に追い付かなくなってもう何年も経つ。訓練をしようと日文に入って勉強したのに、その知識すら、ろくに身につけることができないまま社会に出てしまった。

 

昨日、レポートの参考書を借りるために近所の大学図書館まで足を伸ばした。多くの大学図書館は一般市民にも利用できるようになっている。図書館員さんが手続きをしてくれて、私1人のために図書館オリエンテーションをしてくれた。新学期にはお馴染みの図書館案内。探す資料のせいで司書の勉強をしていることを司書さんに知られ、なぜか私は恥ずかしくなった。なぜ恥ずかしいんだろう。利用手続きの用紙には職業の欄があって、とりあえずバカ正直にアルバイト・学生と書いたが、それに対しても後から恥ずかしさが込み上げてきた。なぜ恥ずかしいんだろう。

 

司書はその資格を持っていたとしても仕事にすることはかなり困難だ。まず募集していないし、正規での採用が少ない。それを分かっててなぜ司書の資格を取ろうとしているのか。卒業して社会人しながら勉強するのではなく、アルバイトという甘ったれた環境で、司書として働くのはとっても難しいから無理かもなあなんて甘ったれたことを思いながら、たくさんの逃げ道を作って現実を見ているようで全く見れていない自分が

司書と話すことで、職業を明かすことで、大学の名前と学部まで知られたことで、

表面化されてそんな自分と思わず直面することになってしまったのだ。真面目に努力して生きてるように見せたいのに、スッカラカンな 中身バレてんじゃねーか 。隠せねえじゃねえか。なにも成し遂げてない、なにも成し遂げようとしてない。

この恥ずかしさから逃れられず苦しくてレポートに集中しだしたのに、

まっっっったく書けないじゃないか。レポート。どうすんの。責める気持ちは直に自律神経の乱れとなって呼吸を浅くさせ喉に違和感を残した、クソだな。

 

それでも、自分でやり始めたことだから最後までやらなきゃいけないし、努力すべきだし、勉強も就職も頑張らねばならないのは分かってる。恥ずかしいと思うなら、恥ずかしくない自分になるしかない。どんなに自分のことが惨めでも、惨めだからって死にはしないし、親に少しでも孝行したいと思う。そういう思考をする人間であることをもうとっくに知ってるんだから、もう

 

 

がんばれ。